遺産分割で協議がまとまらないことは珍しいことではありません。
相続人は必ずしも近しい親族だけがなるものではないため、見ず知らずの人と相続財産をめぐって話し合いを進めるには困難な状況もあるかもしれません。
近しい親族だからこそ、それぞれ思うことがあって話がまとまらないという状況もあります。
どんな状況であれ、協議が成立しなければ手続きを進めることはできません。
手は尽くしたけれど、もうこれ以上自分たちではどうすることもできない。
そんな時は、裁判所にズバッと決定してもらうのも手段のひとつです。
今回は、遺産分割調停と審判について詳しく解説していきます。こんな状況になってしまった人も、そうならないようにしたい人も必見です。
遺産分割調停、審判とは
一般的に、相続手続きを進めるには、相続人全員で、誰がどの相続財産を引き継ぐのかを決める話し合いをします。これを「遺産分割協議」といい、話し合いの内容は「遺産分割協議書」という書面にまとめます。
各相続手続きは、この遺産分割協議書を使用し進めていくことになります。
しかし、何らかの事情で相続人全員での話し合いがまとまらないことがあります。
そんな時に利用できる手続きとして、「遺産分割調停(審判)」があります。
「遺産分割調停」は、家庭裁判所に申し立てます。裁判官や調停委員が中立公正な立場で円満な話し合いが進められるよう調整したり、解決策を提案したりする手続きです。
あくまでも、話し合いがまとまるように公平な立場で意見を聴取したりアドバイスしたりする手続きなので、どうしても折り合いが付かない場合、調停は「不成立」となります。
調停が不成立の場合に移行する手続きが「遺産分割審判」です。調停が不成立で終わると、自動的に審判へ移行することになり、別途申し立てる必要はありません。
調停を経ず、いきなり審判を希望する場合でも、原則としてまずは調停から始めることになります。
遺産分割事件においては、いきなり審判を申し立てることができない訳ではありませんが、裁判官の職権で調停から始められることが一般的であるため、現実として最初から審判を申し立てることは困難と言えます。
遺産分割審判では、裁判官が一切の事情を考慮して審判(決定)を下すことになります。
この決定は、必ずしも相続人の希望が通るわけではありません。裁判官が考える最も公平であろう方法で分割することを決定するのが審判です。
調停が話し合いによる合意を目的としているのに対し、審判は裁判所が妥当だと考える分割方法を決定する手続きです。審判は、当事者が納得するか否かは全く関係ありません。
調停が不成立で終わると通常はそのまま審判に移行しますが、調停が成立しない場合であっても、裁判所が相当と認めるときは審判へ移行せず、「調停に代わる審判」という手続きを採用することがあります。
例えば、概ね条件の合意が得られているにも関わらず、些細な事項や感情面においてのみ決着がつかないような場合や、相手方が何ら意見を表明せず期日に欠席するなど、当事者の一方が合理的理由もなく合意を拒むような場面が該当します。
(調停に代わる審判の対象及び要件)
家庭裁判所は、調停が成立しない場合において相当と認めるときは、当事者双方のために衡平に考慮し、一切の事情を考慮して、職権で、事件の解決のため必要な審判(以下「調停に代わる審判」という。)をすることができる。ただし、第二百七十七条第一項に規定する事項についての家事調停の手続においては、この限りでない。
【家事事件手続法 第284条第1項】
どんな場合に利用できる制度?
前述のとおり、遺産分割調停、審判とは、相続人の間での話し合いがどうにもまとまらない場合に利用できる裁判所の手続きです。
では、相続人の間で話し合いがまとまらない場合とは、どういった状況が考えられるでしょうか?
- 相続人同士の仲が良好ではないため、話し合いが難しい
- 分割案で合意が得られず、話がまとまらない
- まったく知らない相続人がいて話をすることが困難
- 相続人の中に所在が不明で全然連絡が取れない人がいる
- 相続人の中に未成年者がいて話し合いができない
- 相続人の中に判断能力がない人がいて話し合いができない
- 養子縁組や婚姻の有効性について疑問があり相続人が確定できない
など、様々なケースが考えられます。
遺産分割調停(審判)は、相続人(包括受遺者等を含む)全員が関わる手続きです。大前提として相続人が確定していることが必要になります。
相続人が確定していない場合は、確定させることを先行しましょう。
また、調停は話し合いを進めるための手続きです。話し合いができる状態にすることも必要になります。
4.のケースでは、不在者財産管理人の選任、
5.のケースでは、特別代理人の選任(法定代理人である親権者が利益相反になる場合)、
6.のケースでは、成年後見の申立て、
7.のケースでは、人事訴訟、
など先にやらなければいけない手続きがあります。
中には自分で手続きを進めることが困難なものもあるかもしれません。そんな時は専門家に相談してください。家庭裁判所への申立書類の作成は司法書士へ、争いがある場合は弁護士が適任です。
どうやって手続きをすればいい?
遺産分割調停(審判)は、家庭裁判所での手続きとなります。
調停は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所、または、当事者が合意で定めた家庭裁判所に申し立てます。
審判は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所、または、当事者が合意で定めた家庭裁判所に申し立てます。
遺産分割調停(審判)を申し立てることができるのは、以下の人です。
- 共同相続人
- 包括受遺者
- 相続分譲受人
「共同相続人」とは、被相続人の相続財産(遺産)を引き継ぐ権利のある相続人を指します。相続財産は、その分割手続きが完了するまでの間は相続人の共有財産となります。遺産分割が完了するまでの間、相続人が遺産を共有している状態では、相続人を「共同相続人」と呼びます。
当然ながら、遺産分割調停(審判)は、相続財産を分割するための手続きなので、相続人が複数存在することが前提です。
「包括受遺者」とは、遺言で財産を受け取る人(受遺者)のうち、受け取る財産が特定されておらず積極財産(プラスの財産)も消極財産(マイナスの財産)も包括的にひっくるめて受け取ることになる人を指します。
相続財産を特定せず、“財産のうち〇分の〇を遺贈する“というような文言での遺贈では、受け取る人は包括受遺者となります。
包括受遺者は相続人と同一の権利義務があります。
(包括受遺者の権利義務)
包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する。
【民法 第990条】
「相続分譲受人」とは、法定相続人からその相続分を譲り受けた人のことです。
相続分は全部譲渡することも、一部譲渡することも可能です。相続分を全部譲渡すると、相続人としての地位をまるごと譲り渡すことになります。
譲り渡す相手は、他の共同相続人でも、相続に関係のない第三者でも構いません。
相続分の譲渡については、民法の規定はありませんが、以下の条文から相続分を譲渡することが可能と解釈されています。
(相続分の取戻権)
共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。2 前項の権利は、一箇月以内に行使しなければならない。
【民法 第905条】
相続分譲渡については、また別の機会に詳しく解説しますので今回は簡単な説明に留めます。
遺産分割の話し合いは、当事者が全員でしなければいけないため、申し立てる人以外の相続人等が全員相手方になります。
申立ては、一人でも複数でもすることができます。
相手方が確定したら、必要書類を揃えて家庭裁判所に申し立てます。
分割方法を決める遺産(相続財産)は一部でも全部でも構いません。遺産の詳細がわかる資料の他、戸籍や住民票も必要になります。戸籍の範囲は相続順位によって異なります。
その他、収入印紙1200円分、連絡用の郵便切手が必要になります。切手の種類枚数については管轄の裁判所で事前に確認しましょう。
裁判所はどんなことを決めてくれる?
遺産分割調停は、当事者間での話し合いがまとまることを目指しているため、裁判所があれこれと口を出し何かを決めたりすることはありません。
調停が不成立で審判に移行した場合は、裁判所が様々な事情を考慮して遺産分割方法を決定することになります。事情を考慮するとは言うものの、多くの場合、法定相続分による分割で決定しているようです。
分割する遺産が複数ある場合は、「相続人〇〇は、△△(相続財産)を取得する」というように具体的な分割方法が決められます。決定した事項は「審判書」に記載されます。
決定したことにはどんな強制力がある?
審判に基づき手続きを進める中で、その決定に従わない(決定したとおりに手続きを進めない)人がいる場合、どうしたらよいでしょう?
例えば、「相続人Aは、不動産甲を取得する代わりに、相続人Bに対し金〇〇円を支払う」という内容の分割方法が決定したとします。
相続人Aは、不動産の名義変更をしたにも関わらず、相続人Bに対して代償金(代わりに支払う金銭)を支払いませんでした。
このような場合、相続人Bは「強制執行」の手続きを採ることができます。強制執行が認められれば、裁判所は相続人Aに対し、資産を差し押え、代償金を回収します。
裁判所の決定は、こういった強制力を持つため、相手方の支払に不安がある場合などは非常に有効な手段と言えます。
調停、審判が終わった後の手続きはどうなる?
遺産分割調停(話し合い)で決着する場合は、家庭裁判所が当事者の合意に基づく「調停調書」を作成します。この調停調書は、遺産分割協議書のようなものであり、この後の各種相続手続きで使用します。
例えば、不動産の名義変更や、金融機関での預金払い戻しなどの手続きを、この調停調書で進めることができるようになります。
調停が不成立で審判に移行した場合は、裁判官が当事者の主張や提出された資料など一切の事情を考慮し、遺産分割方法を決定します。家庭裁判所が決定した分割方法は「審判書」に記されます。
審判書の内容が当事者へ告知され、一定期間(不服申立期間)内に不服申し立てがなければ、審判は確定し、発効します(効力が生じます)。
審判書も、審判が確定すれば各相続手続きに使用することができます。ただし、審判が確定していることを証明するために、「審判書」とセットで「確定証明書」が必要になります。
審判が出ても、もしかしたら不服申し立てがあって保留中という可能性もあるため、手続きを進めるには遺産分割審判が確定していることを証明しなければなりません。
よくある質問
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遺産分割調停はどこの家庭裁判所でも受け付けてもらえますか?
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申立人と相手方で合意ができているのであれば、その合意のできている家庭裁判所に申し立てることができます。そうでない場合は、相手方の住所を管轄する家庭裁判所に申し立てることになります。
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遺産分割調停は弁護士に依頼した方が良いですか?
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令和5年の司法統計によると、遺産分割事件数13,872件(総数)のうち、弁護士が関与した件数は11,170件(80.5%)です。自分で進めることも可能ですが、時間が取れない、資料を集められないといった場合は、専門家を頼るもの手段のひとつです。
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遺産分割調停を申し立てたいのですが、遺産の内容(預金の金額)がはっきりしません。この状態でも手続きを進めることができますか?
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遺産分割調停は、「どの財産を」「どのように分配するか」を話し合うための手続きです。財産の範囲が定まっていないと(財産の範囲について争いがあると)分配に関する話し合いができないため、先に財産を確定する手続きを進めます。地方裁判所に「遺産確認の訴え(遺産確認訴訟)」を提起することになります。
まとめ
遺産分割協議は、相続人全員による合意が必要です。
何らかの事情で、協議が進められない場合は、家庭裁判所に申し立てることで話し合いがまとまることもあります。
今回は、遺産分割調停と審判について解説しました。
家庭裁判所の手続きには、通常の協議に比べて手間も時間も費用もかかります。
しかし、どうにもならない時の手段のひとつとして検討してみてもいいかもしれません。
申立てができるのは、共同相続人・包括受遺者・相続分譲受人です。申立てをする人以外の人が全員相手方となります。
進め方がわからない人、申し立てるべきか悩んでいる人はお近くの専門家にご相談することをおすすめします。